金曜日の夜。今日ばかりは、僕の方が「価値」や「責任」という言葉に押し潰されそうになっていた。
再開発を巡る賛成派と反対派の議論。文化財調査のプレッシャー。屋根裏の手紙から受け取った重いバトン。それら全てが、僕の肩に鉛のようにのしかかっていた。
そんな時、透子が大きな紙袋を持って、得意げな顔で現れた。
「湊くん! 今夜は私が、湊くんの『重い頭』を溶かしてあげる。……ほら、最高のバゲットと、真っ赤なイチゴを買ってきたわよ!」
「えっ、透子が作るの? 大丈夫?」
「失礼ね。私だって、フレンチトーストくらい作れるわよ。これは料理じゃないの、一種の『錬金術』なのよ」
彼女はキッチンに立ち、不器用ながらも楽しそうに卵と牛乳を混ぜ始めた。
バゲットをたっぷりの卵液に浸し、バターを引いたフライパンでじっくりと焼いていく。甘い、暴力的なまでに幸せな香りがキッチンに充満する。
「はい、できた! 透子特製、『五月の終わりのご褒美フレンチトースト』よ」
目の前に置かれたのは、外はカリッと、中はとろとろになった黄金色のトースト。その上に、真っ赤なイチゴと、たっぷりのメイプルシロップがかけられていた。
「……美味しい。なんだか、悩んでいるのが本当にバカバカしくなる味だ」
「でしょ? 甘いものはね、理屈を黙らせる力があるの。湊くんは考えすぎなのよ。たまには、こうして甘い魔法にかかって、脳みそを休ませなさい」
金曜日の夜。一口食べるごとに、僕の中の「正しさ」や「責任」が、心地よく溶けていった。
外の世界ではまだ難しい問題が山積みだけれど、この甘いパンを食べている間だけは、僕はただの二十三歳の男に戻ることができた。
透子の誇らしげな笑顔が、何よりも確かな救いだった。
湊の金曜レシピ:透子の「甘い魔法のフレンチトースト」
一週間の疲れが限界に達し、頭を空っぽにしたい夜に。
バゲットを使うことで、中がプリンのような食感になります。
【材料】(2人分)
* バゲット(2cm厚さ) … 4〜6枚
* 卵 … 2個
* 牛乳 … 150ml
* 砂糖 … 大さじ2
* バター … 20g
* トッピング … イチゴ、メイプルシロップ、粉糖(お好みで)
【作り方】
1. ボウルに卵、牛乳、砂糖を入れてよく混ぜる。
2. バゲットを(1)の卵液に入れ、表裏を返しながら、できれば30分以上(急ぐ時はフォークで穴を開けて5分でも可)浸す。
3. フライパンにバターを弱火で溶かし、バゲットを並べる。
4. 蓋をして片面を3〜4分、こんがりと焼き色がつくまで焼く。
5. 裏返して、もう片面も同様に3分ほど、ふっくらするまで焼く。
6. 皿に盛り、イチゴやシロップをたっぷりかけて完成。
【透子からのひと言】
「コツは、バゲットが重くなるまで卵液を吸わせること! ダイエットなんて言葉は今夜だけ禁止。熱いうちに、アイスクリームを添えても最高よ!」