六月一日。月曜日の朝。世界は、濃い灰色のベールに包まれていた。
しとしとと降り続く雨は、街の輪郭を曖昧にし、あらゆる音を湿った空気の中に閉じ込めてしまう。五月のあの眩しい光が、遠い前世の記憶のように感じられるほど、急激な季節の転換だ。
駅のホームでは、色とりどりの傘が、まるで窮屈な花壇のようにひしめき合っている。
雨の日は、誰もが自分の周囲に「傘」という名の不可侵領域を構築する。普段よりもさらに警戒心が強く、他人の肩が触れること、濡れた傘が当たることに、人々は敏感で攻撃的になる。
「すみません」という言葉が、今日も謝罪ではなく、相手を排除するための鋭い合図として飛び交っていた。
「湊くん……最悪。お気に入りのパンプスが浸水したわ。六月の一日目から、私の幸運は完全に底を突いたみたい」
出勤前の透子(とおこ)が、玄関で絶望的な声を上げた。彼女にとって、靴が濡れることは、プロフェッショナルとしての誇りを汚されることと同義らしい。
「幸運が底を突いたなら、あとは溜まった水を掻き出すだけだよ。ほら、新聞紙を詰めておきなさい。それが一番の応急処置だ」
「新聞紙なんて、今の私の心に必要なのは、もっとこう、精神的な乾燥剤よ!」
彼女は文句を言いながらも、僕が差し出した新聞紙を乱暴に丸めて靴に押し込んだ。
雨は、僕たちの歩みを遅らせる。けれど、その遅滞こそが、六月という季節が僕たちに与えてくれた「猶予」なのかもしれない。
僕は窓の外で、雨に打たれてさらに緑を濃くする紫陽花を眺めた。
信号は青。けれど、無理に走り出す必要はない。
六月の雫(しずく)が、僕たちの焦燥を少しずつ洗い流してくれるのを待ちながら、僕は静かに図書室の鍵を開けた。