水曜日。再開発計画の一環として、図書室の前の道に「スマート街灯」が設置された。
人の動きを検知して明るさを変え、Wi-Fiを飛ばし、周囲の喧騒をデータ化する最新の設備だ。確かに便利だし、夜道も明るくなった。けれど、その青白い光は、図書室がこれまで守ってきた「深い闇」を、情け容赦なく暴き立てているようだった。
「湊さん、最近の夜は、星が見えなくなっちゃったね」
閉館間際にやってきた常連の大学生が、眩しそうに街灯を見上げて言った。
「便利になればなるほど、僕たちは何かを『見なくて済む』ようになっているのかもしれませんね」
「見なくて済む……。確かに。暗闇の怖さも、誰かの不在も、光で埋めてしまえば忘れていられるから」
便利さは、一種の麻酔だ。
痛みを感じさせず、違和感を取り除き、僕たちを「快適」という眠りの中へと誘い込む。その間に、自分たちが何を失ったのかを考えることさえ、面倒に思わせてしまう。
夜、透子に街灯の話をすると、彼女は仕事用のパソコンを叩きながら即答した。
「スマート街灯、あれ私のクライアントの製品よ。コンセプトは『安心を、自動化する』。素晴らしいでしょ? 自分で考える手間を省いてあげるのが、今の時代の究極のサービスなの」
「自分で考える手間を省く……。それって、自分の人生のレバーを誰かに預けているのと同じじゃないかな」
「そうよ。みんな、レバーなんて重いもの、持ちたくないの。勝手に青になって、勝手に止まってくれる世界の方が楽だもん」
彼女の言葉は、皮肉ではなく、悲しいほどの現実だった。
麻酔が効いた世界で、僕だけが不器用に痛みを感じ続けている。
僕は窓の外の青白い光を避け、古い読書灯をつけた。
小さくて不便な明かりだけが、僕に「考える自由」を許してくれているような気がした。