YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第80話:雨音を聴く、冬瓜(とうがん)の翡翠煮(ひすいに)

金曜日の夜。透子が玄関を開けた時、彼女の体からは、冷たい雨の匂いと、言葉にできない重い沈黙が漂っていた。
 社内での調整、クライアントへの妥協、そして自分自身の信念との折り合い。一週間を生き延びた彼女の体は、透き通るほどに摩耗しているように見えた。
「……湊くん。もう、何も食べたくない。でも、心が乾いて、何かで満たさないと壊れちゃいそう」

 僕は何も言わず、大きな冬瓜(とうがん)を取り出した。
 夏を告げる野菜でありながら、冬まで保存できる強さを持つ冬瓜。その真っ白な果肉を、出汁の中でじっくりと、透明になるまで煮ていく。
 今日は、派手な味はいらない。ただ、雨音のように優しく、体に染み渡るものが必要だった。

「……綺麗。翡翠(ひすい)色だね」
 透子が、鍋の中を覗き込んで呟いた。出汁を含んで透き通った冬瓜は、まるで雨上がりの雫を集めたような、静かな美しさを湛えていた。
「はい、お疲れ様。一週間の淀みを洗い流す、『冬瓜の翡翠煮』だよ」
 皿に盛られた冬瓜に、生姜(しょうが)をほんの少し添えて、彼女の前に出す。

「……あったかい。喉を通る時、体の中にたまっていた『嫌な言葉』が、全部消えていくみたい」
 彼女は、一口ずつ慈しむように、冬瓜を口に運んだ。
「冬瓜はね、体の中の余分な熱と水分を出してくれるんだ。心に溜まった熱も、一緒に冷ましていこう」
「……湊くん、ありがとう。私、月曜日になったら、もう一度だけ、あの街灯の下で笑ってみるわ。でも、今夜だけは、この雨音の中で、ただの私に戻らせて」

 金曜日の夜。翡翠色の冬瓜は、彼女の傷ついた心に、静かな平穏を届けていた。
 信号が青になっても、急いで走り出す必要はない。
 温かい出汁を飲み干し、新しい季節へ向けて、ゆっくりと心を整えればいいのだから。


湊の金曜レシピ:雨の日の「心を洗う冬瓜の翡翠煮」

梅雨の湿気とストレスで、心身がむくんでいると感じる夜に。
冬瓜のデトックス効果と優しい出汁の味が、あなたを内側から浄化してくれます。

【材料】(2人分)
* 冬瓜 … 1/4個
* 出汁(かつお、昆布など) … 400ml
* 薄口醤油 … 小さじ1
* みりん … 大さじ1
* 塩 … 少々
* 生姜(すり下ろし) … 少々
* 水溶き片栗粉 … 少々

【作り方】
1. 冬瓜は種とわたを除き、皮を薄く剥く(緑色がうっすら残るように剥くと、翡翠色に仕上がります)。
2. 食べやすい大きさに切り、皮目に細かい隠し包丁を入れる。
3. 鍋に出汁と調味料を入れ、沸騰したら冬瓜を入れる。
4. 落とし蓋をして、弱火で20分ほど、冬瓜が透明になるまで煮る。
5. 冬瓜を取り出し、残った煮汁を少し煮詰め、水溶き片栗粉でとろみをつける。
6. 器に盛り、あんをかけて生姜を添えれば完成。

【湊のひと言】
「冬瓜は、冷やして食べても美味しいですが、雨の夜はぜひ温かいまま召し上がってください。とろみをつけたあんと生姜が、冷えやすい体を芯から温めてくれます」