火曜日の朝。図書室の床には、昨日からの雨漏りのせいで、小さな水溜りができていた。
バケツを置く音だけが、虚しく館内に響く。
返却ポストを確認すると、今日は本ではなく、一通の手紙だけが入っていた。差出人の名前はない。けれど、その筆跡は潮里さんのものだった。
『湊さん。光が消える時、一番大切なものが何であるかが分かると言います。あきらめないでください。水脈は、一度塞がれても、必ず別の場所から溢れ出すものですから。……今夜、あの井戸の場所で待っています』
彼女は、何を知っているのだろうか。
午後、図書室の周りには測量士たちの姿が見え始めた。彼らは淡々と地面に赤い杭を打っていく。それは、この場所の「死」を確定させる墓標のようだった。
「湊くん。私、会社に辞表を出そうと思う」
夕方、透子が図書室にやってきて、真っ直ぐに僕を見て言った。その瞳からは、迷いが消えていた。
「……どうして。君は何も悪くないのに」
「自分の言葉に嘘をつきながら生きていくのは、もう限界。このプロジェクトのPRをするなんて、私にはできない。……私は湊くんと一緒に、あの泥濘の中を歩く道を選びたいの」
彼女の決意は、冷たい雨の中で灯った唯一の火のようだった。
けれど、会社を辞めることが解決になるのだろうか。
僕たちは、自分たちがどこへ向かっているのか分からないまま、ただ迫りくる嵐を待っていた。
信号は、故障したかのように黄色く点滅を続けている。
今夜、あの井戸で何が起きるのか。僕はバケツに溜まった水を捨て、傘を手に取った。