水曜日の夜。激しい雨が神社の木々を揺らし、井戸の周囲は深い闇に沈んでいた。
僕と透子(とおこ)が辿り着くと、潮里(しおり)さんは懐中電灯の細い光の中で、古いポンプの横に立っていた。彼女の足元には、何枚かの湿った書類が広げられている。
「湊さん、透子さん。……これが、あのデベロッパーが隠蔽しようとした『不都合な真実』です」
彼女が示したのは、数十年前の地質調査資料と、今回の再開発に際して行われた最新の環境影響評価書の写しだった。
「ここを流れる水脈は、単なる地下水ではありません。この地域の貴重な湧水群の源流であり、条例で保護されるべき特定水域に指定されています。……彼らは工期を優先するために、この事実を報告書から意図的に削り落としたんです」
透子がその資料を奪い取るようにして凝視した。広告のプロである彼女には、数字の不自然な「磨き方」がすぐに分かったらしい。
「……ありえない。これ、明白な法令違反よ。上層部は知っていて隠したんだわ。私の会社に流れてきた資料も、最初からこの部分が改ざんされていたのね」
潮里さんは、雨に濡れた顔で静かに微笑んだ。
「光の届かない場所で、彼らは『効率』という名の罪を積み重ねてきました。……湊さん、この資料を公表すれば、工事は止まります。でも、それはこの街全体を巻き込む大きな騒動になるでしょう。あなたは、その引き金を引く勇気がありますか?」
雨音はさらに激しさを増し、僕たちの声をかき消そうとする。
信号は青。けれど、その先に待ち構えているのは、僕たちが守りたかった平穏を根底から覆す、激しい濁流だった。