YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第87話:はじまりの味、再生のトースト

金曜日の夜。透子が会社を辞めた、最初の日。
 部屋の中には、不思議な解放感と、それ以上に深い不安が漂っていた。
 彼女はメイクを落とし、着慣れない部屋着に身を包んで、ぼんやりと窓の外を眺めている。
「……湊くん。私、明日から何者でもなくなっちゃうんだね。名刺もなくて、予定表も空っぽで。……なんだか、透明人間になったみたい」

 僕は何も言わず、キッチンに立った。
 四月の最初の日、僕が自分のために焼いた、あの厚切りトースト。
 今日はそれを、二人分。でも、あの頃よりも少しだけ贅沢に、そして力強く。

 バターをたっぷりと溶かし、表面をカリッと焼き上げる。その上に、アボカドのペーストと、とろとろのポーチドエッグを乗せて。
 『はじまりと再生のトースト』。
 一度すべてを失った僕たちが、再び一歩を踏み出すための、僕なりの儀式だ。

「……美味しい。四月の時に食べたのより、ずっと味が濃い気がする」
 透子が、一口食べて小さく笑った。
「それはね、透子が『本当の自分』に戻ったからだよ。鎧を脱いだ分、味覚が鋭敏になったんだ」
「……そうかもね。名刺なんてなくても、このトーストの味が分かる私がいれば、それで十分なのかもしれない」

 金曜日の夜。外はまだ雨が降り続いている。
 けれど、僕たちの食卓には、新しい季節へ向かうための確かな熱が灯っていた。
 信号が青になっても、もう急ぐ必要はない。
 自分たちが美味しいと思えるものを信じて、ゆっくりと歩き出せばいいのだから。


湊の金曜レシピ:新しい一歩のための「アボカドエッグ・トースト」

人生の大きな区切りを迎えた夜や、自分を新しく塗り替えたい朝に。
濃厚なアボカドと卵のコクが、明日への勇気をじわじわとチャージしてくれます。

【材料】(2人分)
* 食パン(4枚切りなど厚め) … 2枚
* アボカド … 1個
* 卵 … 2個
* バター … 20g
* レモン汁 … 小さじ1
* 塩・胡椒・チリパウダー … 各少々

【作り方】
1. アボカドはフォークで潰し、レモン汁、塩、胡椒を混ぜてペースト状にする。
2. 鍋に湯を沸かし、酢を少々(分量外)入れ、卵を落として3分茹で、ポーチドエッグを作る。
3. フライパンでバターを熱し、食パンを両面こんがりと焼く。
4. トーストの上にアボカドペーストをたっぷり塗り、その上にポーチドエッグを乗せる。
5. 仕上げに胡椒とチリパウダーを振れば完成。

【湊のひと言】
「ポーチドエッグを割る瞬間は、新しい世界を拓く瞬間に似ています。溢れ出す黄身をパンにたっぷり絡めて、大きな口で召し上がれ。未来は、案外美味しいものかもしれませんよ」