YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第93話:『普通』を失った図書室

木曜日。図書室の周囲には、昨日からひっきりなしに「見慣れない人々」が訪れていた。
 新聞を片手に建物を指差す通行人、何かを嗅ぎ取ろうとする週刊誌の記者、そして、あからさまに不機嫌な顔をした賛成派の住民たち。
 「静寂」が売りだった僕の聖域は、一夜にして「渦中の場所」へと変貌してしまった。

「湊さん。君、えらいことをしてくれたね。……これで計画が遅れたら、俺たちの立ち退き補償はどうなるんだ?」
 かつての常連だった商店主が、怒鳴り込むようにしてカウンターにやってきた。
 彼には彼の生活がある。再開発を待ち望み、新しいビルに入ることを夢見ていた人々にとって、僕は正義の味方ではなく、自分たちの未来を邪魔する「加害者」なのだ。

「申し訳ありません。でも、あの井戸の水脈を壊すことは、この街の未来を壊すことでもあるんです」
「水脈だの未来だの、そんなので飯が食えるか!」

 怒号が響く館内で、僕はただ頭を下げることしかできなかった。
 正しさを貫くことは、誰かの希望を削り取ることでもある。その残酷な事実が、僕の胸をじわじわと締め付ける。

「湊くん、代わって。……おじさん、文句があるなら区役所に行きなさいよ。ここは図書室よ。騒ぐなら、警察を呼ぶわ」
 透子が毅然とした態度で割って入った。彼女の「交渉術」は、図書室という静かな場所では少し浮いていたけれど、今の僕には何よりも頼もしい盾だった。
 客が去った後、彼女は大きな溜息をついて僕を見た。
「湊くん、これが『戦う』ってことなの。誰もが納得する答えなんて、最初から存在しないんだから」

 窓の外、入道雲がモクモクと空を侵食していく。
 本格的な夏の暑さは、まだ始まったばかりだった。