土曜日の朝。本来であれば、学校が休みの子供たちが絵本を借りに来たり、平日は働いている常連さんが溜まった予約本を受け取りに来たりする、図書室にとって一番賑やかで愛おしい時間だ。
けれど、今朝の図書室に流れている空気は、これまでのそれとは明らかに異質だった。
「ここが、あの新聞に出てた……へえ、ボロいね意外と」
「ちょっと、写真撮っとく? 映えるかもよ」
開館と同時に現れたのは、本を読むためではなく、「話題の場所」を確認しに来た数人の若者たちだった。彼らは書架に並ぶ背表紙には目もくれず、スマートフォンのレンズを天井やカウンターに向け、シャッター音を無遠慮に響かせた。
悪意があるわけではないのだろう。ただ、純粋な野次馬根性。それが一番厄介だ。僕たちが必死に守ろうとしているこの空間が、彼らにとってはただの「消費されるコンテンツ」に成り下がってしまったような気がして、奥歯を噛み締めた。
「お客様、申し訳ありません」
僕が声をかけようと腰を浮かせた瞬間、透子がカウンターから滑り出るようにして彼らの前にはだかった。
「館内での撮影は禁止となっております。また、ここは図書室ですので、読書や貸し出し以外のご利用はお断りしております」
その声色は、昨晩パスタを作ってくれた時の弾むようなものでも、会社員時代のビジネスライクなものでもない。もっと冷たく、そして鋭利な「管理者の声」だった。
若者たちは透子の迫力に気圧されたのか、「あ、すんません」と気まずそうに逃げていった。
「……ありがとう、透子」
「気にしないで。私、こういう『空気を読まない人たち』を追い払うのは得意だから」
透子はふふんと鼻を鳴らして笑ったが、カウンターの下で握られたその拳が、小刻みに震えているのを僕は見逃さなかった。彼女だって、怖くないわけがない。平穏な日常が、土足で踏み荒らされる感覚。
静けさを取り戻した館内で、僕は窓の外を見る。
信号は青。けれど、横断歩道を渡ってくるのは、本を愛する人たちだけではない。
この騒動が収まるまで、僕たちはこの「好奇心」という名の、形のない暴力とも向き合い続けなければならないのだ。
僕は読みかけのハードカバーを開いたけれど、活字は上滑りするばかりで、少しも頭に入ってこなかった。