木曜日。湿度はさらに上がり、空気そのものが熱湯のように肌にまとわりつく。
午後二時。図書室に、またしても招かれざる客が現れた。
今度は「設備点検」を名乗る、作業着姿の男たち三人組だ。市役所からの依頼だと言うが、その目は建物の不備を探すハイエナのようだった。
「ここの配線、古いですねえ。消防法的にグレーだな」
「床のこの軋み、構造上の欠陥になりかねませんよ」
彼らは白い手袋をした手で、わざとらしく壁を叩き、床を踏み鳴らす。
微罪を積み重ねて、営業停止に追い込む。それが彼らの狙いだろう。図書室という「場所」そのものを奪えば、僕たちの発信拠点もなくなるからだ。
「……築六十年の建物ですから、古さは否めません。ですが、先月の定期点検では『異常なし』の判定をいただいています」
僕は努めて冷静に対応するが、男の一人がニヤリと笑って僕の胸元を指差した。
「判定基準なんてのはね、時代によって変わるんですよ。特に、こういう『問題のある施設』には厳しくなるもんです」
その言葉に含まれた露骨な悪意に、僕が言葉を詰まらせた時だ。
「あら、ご苦労様です。点検、ありがとうございます」
透子が冷たい麦茶を盆に載せて現れた。その笑顔は完璧な「接客用」だが、目は一切笑っていない。
「今の発言、録音させていただきました。『問題のある施設には厳しくなる』というのは、市の公式な見解として報道機関にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
彼女はポケットからボイスレコーダーを覗かせた。
男たちの顔から、サッと血の気が引いていく。
「い、いや、そういう意味じゃ……あくまで一般論で……」
「そうですか。では、公正な点検をお願いしますね。私たちも、プロの建築士立ち会いのもとで再検証する準備がありますので」
逃げるように帰っていく男たちを見送りながら、透子は大きなため息をついた。
「ハッタリかますのも疲れるわ……」
「ありがとう、透子。本当に助かった」
「お礼はいいから、肩揉んで。……湊くん、これが『兵糧攻め』よ。彼らは、私たちの精神が摩耗するのを待ってる」
窓の外、入道雲が崩れていく。
この場所を守るための戦いは、派手な法廷劇ではなく、こうした地味で陰湿な消耗戦の繰り返しなのだ。