YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第105話:新月、闇を泳ぐ二人

新月の夜、世界から色が消えた。
 午後十時。街灯の届かない南倉庫群は、黒いインクをぶちまけたような闇に沈んでいた。
 僕と透子は、フェンスの切れ目から敷地内へと滑り込んだ。足元で乾いた砂利がジャリッと音を立てるたび、心臓が喉の奥で跳ねる。

「……姿勢を低くして。あそこの赤外線センサー、生きてるわ」
 透子の囁き声は、普段の彼女とは別人のように鋭く、低かった。彼女は黒いパーカーのフードを目深に被り、手元のスマートフォンで警備員の巡回ログを確認しながら、迷いのない足取りで進んでいく。
 かつて大企業の最前線で戦っていた彼女のスキルが、こんな形で発揮されるとは皮肉なものだ。彼女という「青の糸」がなければ、僕は入り口で竦み上がっていただろう。

「三号倉庫の裏口、鍵は開いてるはずよ」
 言われた通り、重厚な鉄扉のノブを回すと、軋みひとつ立てずにドアが開いた。
 誰かが、手入れをしている。

 倉庫の中は、外よりもさらに濃い闇と、カビと鉄錆の匂いが充満していた。
 広大な空間。その中央に、ポツンと小さな灯りが見えた。
 キャンプ用のランタンだ。その淡い光の周りにだけ、埃が舞っているのが見える。

「よく来ましたね。……『水曜日の』管理人さん」
 闇の奥から声が響いた。
 ボイスチェンジャーを通したような機械的な声ではない。静かで、少しハスキーな、生身の人間の声だった。

 ランタンの光が揺らぎ、人影が浮かび上がる。
 そこに立っていたのは、作業着姿の小柄な女性だった。
 手には、あの見覚えのある付箋の束が握られている。

 僕たちは息を呑んだ。
 妖怪でも亡霊でもない。ただ、悲しげな目をした一人の人間が、そこにいた。