月曜日。「海の日」で祝日だが、僕たちに休日はない。
午前中、僕たちは隣町にある古い邸宅を訪ねた。
表札には『工藤』とある。かつて地元の大学で地質学を教え、この地域の地盤研究の第一人者と言われた元教授だ。
偏屈で有名だと聞いていたが、出てきたのは意外にも柔和な老紳士だった。
しかし、僕たちが潮里さんの図面と、昨日のポンプの動画を見せた瞬間、その目の色が鋭い鷹のように変わった。
「……馬鹿げとる」
工藤先生は、図面を虫眼鏡で食い入るように見つめながら吐き捨てた。
「この水脈は『龍の背』と呼ばれとった場所だ。ここをコンクリートで塞げば、水は行き場を失って、必ず別の場所で噴き出す。液状化どころの話じゃないぞ」
「先生、これを公の場で証言していただけませんか?」
僕が頼むと、彼は一瞬沈黙し、そして苦々しげに首を横に振った。
「わしはもう引退した身だ。それに、今の学会はあっちの企業からの寄付金で回っておる。老いぼれが何を言っても、揉み消されるのがオチだ」
壁を感じた。やはり、権力の壁は厚い。
だが、透子が食い下がった。
「証言台に立たなくて結構です。ただ、先生の『お墨付き』が欲しいんです。この図面が学術的に正しいという、先生の署名入りの鑑定書が一枚あれば、それを武器に私たちが戦います。矢面に立つのは私たちです」
透子の真っ直ぐな視線に、老教授はしばらく目を合わせ、やがて深い溜息をついた。
「……若いのが死に急ぎおって。だが、科学者として嘘は見過ごせんか」
彼は万年筆を取り出した。
「書こう。ただし、わしの名前が出たら、すぐにわしは『ボケた老人』扱いされるだろうがな」
手に入れたのは、一枚の鑑定書。
それは紙切れだが、工藤という権威の鎧をまとった、強固な盾だ。
図面(赤)、現場の動画(現在)、そして鑑定書(白)。
三つのカードが揃った。