水曜日。信号が青になる。
今日はカウンターに座っている時間はない。僕と透子は、手分けして近隣の住宅や商店にポスティングへ出かけた。
手には、昨夜刷り上がったばかりの「水曜図書室だより・特別号」。
見出しは扇動的な言葉を避け、淡々と事実だけを記した。
『地盤工学の権威・工藤教授による再開発エリアへの懸念について』。
「こんにちは。図書室の湊です。ちょっと大事なお知らせがありまして」
一軒一軒、インターホンを押し、あるいは店先に顔を出してビラを渡す。
ネットで拡散すれば一瞬だが、透子は「手渡し」にこだわった。
「画面越しの情報はすぐに忘れられるけど、人の手から受け取った紙は、すぐには捨てられない重みを持つから」
商店街の八百屋のおじさんが、ビラを読んで顔を曇らせた。
「工藤先生って、あの大学の? ……あのお墨付きがあるなら、噂話じゃ済まねえな」
公園で井戸端会議をしていた主婦たちが、ビラを見てひそひそと話し始める。
「やっぱり、あそこの工事、水が出てるって本当だったのね」
情報の波紋が、物理的な手触りを持って広がっていくのを感じた。
夕方、図書室に戻ると、足は棒のようになっていたけれど、心地よい疲労感があった。
僕たちは今日、誰かのディスプレイの中にではなく、この街の「生活」の中に種を蒔いたのだ。