木曜日。ついに「接触」があった。
午後三時。図書室に一人の男性が現れた。
これまでの作業員やチンピラまがいの男たちとは違う。仕立ての良いダークネイビーのスーツを着こなし、革靴は塵ひとつないほど磨かれている。
「管理人の湊さんですね。初めまして、開発本部の葛西(かさい)と申します」
差し出された名刺には『室長』の肩書があった。
彼は礼儀正しく、そして恐ろしいほど目が笑っていなかった。
「昨日の動画、拝見しました。映像のセンスが良い。……ただ、誤解を招く表現は困りますね。あれは通常の排水作業です」
「通常? あの水量は異常だと、専門家も言っていますが」
僕が反論しても、葛西という男は表情一つ変えない。
「専門家、ですか。……ああ、工藤先生ですね。ご高齢で、少々認識にズレが生じているようだ」
彼はカウンターに両手をつき、身体を乗り出した。声のトーンが一段下がる。
「湊さん。単刀直入に言いましょう。あの動画を削除し、訂正記事を出してください。そうすれば、我々は貴方を『良きパートナー』として迎え入れる用意がある」
「パートナー?」
「ええ。新しい街には新しい図書館も計画されています。そこの館長ポスト、悪くない話でしょう? ……この古びた場所にしがみつくより、ずっと建設的だ」
飴と鞭。典型的な懐柔策だ。
だが、その提案の裏には「断ればどうなるか分かっているな」という強烈な脅しが含まれている。
「……お断りします」
僕が答えると、彼は「そうですか」と短く言い、懐から封筒を取り出して置いた。
「では、これを。……貴方への、最後通告のようなものです」
彼が去った後、封筒を開けると、中には『法的措置の準備通知』と共に、一枚の写真が入っていた。
新月の夜、南倉庫に入る僕と透子、そして潮里らしき人影が写った、粗い盗撮写真だった。