YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第122話:七月の終わり、苦味を噛み締める

金曜日。七月の最後の日が、こんなにも重苦しい夜になるとは思わなかった。
 テーブルの上には、あの盗撮写真が裏返しに置かれている。
 葛西という男が置いていったそれは、単なる紙切れではない。「お前たちの生殺与奪の権は、我々が握っている」という無言の証明書だ。

 もし、この写真が警察や市役所に届けられれば、僕たちは不法侵入で逮捕され、潮里(しおり)さんは懲戒免職、あるいはそれ以上の社会的な制裁を受けるだろう。
 僕一人が泥をかぶるのは構わない。でも、協力者を──しかも、人生をかけて内部告発をしてくれた人を破滅させることだけは、絶対に避けなければならない。

「……湊くん、その写真を見るのはもう終わり」
 透子がバシッと写真を封筒に戻し、引き出しの奥へと放り込んだ。
「向こうがこれを見せたってことは、まだ『取引』の余地があるってことよ。すぐに警察に突き出さないのは、私たちを利用価値があると思っているか、あるいは公になることで彼らも困る『何か』があるか」

 彼女の分析は冷静だ。でも、その手元で包丁を握る手が、いつもより強く柄を握りしめているのがわかった。
 彼女だって怖いのだ。相手は、私たちの生活圏まで土足で踏み込んでくる「狼」なのだから。

「今夜は、毒を食らいましょう」
 透子が取り出したのは、濃い緑色のゴツゴツした野菜。ゴーヤだ。
「苦いものを食べて、腹の底から目を覚ますの。今の状況にぴったりでしょ?」

 今夜は『ゴーヤチャンプルー』。
 豚肉の脂と、ゴーヤの強烈な苦味、それを優しく包み込む卵と豆腐。
 フライパンから立ち上る湯気の中に、鰹節が踊る。

「……苦い」
 一口食べると、シャキッとした食感と共に、鮮烈な苦味が舌を刺激した。
 でも、その後に広がる豚肉の旨味が、苦味を「美味しさ」へと変えていく。
「人生みたいね」透子がビールを煽る。「苦いだけじゃ食べられないけど、他の具材と混ざれば、これ以上ないスタミナ食になる」

 七月が終わる。
 僕たちは「赤の糸(潮里)」を人質に取られ、身動きが取れなくなった。
 でも、箸は止まらない。
 八月になれば、さらに暑くなる。この苦さを力に変えて、僕たちはまだ立っていなければならない。

 信号は点滅している。
 渡るか、止まるか。
 いや、引き返す道なんて、最初からなかったんだ。


湊の金曜レシピ:苦味が力になる「王道ゴーヤチャンプルー」

夏の定番ですが、下処理ひとつで苦味が「旨味」に変わります。
精神的に追い詰められた時や、暑さで頭がボーッとする時に、この刺激が心身をシャキッとさせてくれます。

【材料】(2人分)
* ゴーヤ … 1本
* 木綿豆腐 … 1丁(しっかり水切りする)
* 豚バラ肉 … 150g(一口大に切る)
* 卵 … 2個
* 鰹節 … 1パック
* 塩・砂糖 … 各小さじ1/2(下処理用)
* 醤油 … 大さじ1
* 酒 … 大さじ1
* 塩・胡椒 … 少々
* ごま油 … 大さじ1

【作り方】
1. ゴーヤは縦半分に切り、スプーンで種とワタをきれいに取り除く(ここが白いと苦すぎるので丁寧に)。5mm幅に切る。
2. ボウルにゴーヤを入れ、塩と砂糖(ここがポイント!)を揉み込み、10分ほど置く。出てきた水分をしっかり絞る。これで苦味がマイルドになります。
3. 豆腐は手で一口大にちぎる。フライパンにごま油を熱し、豆腐を焼き色がつくまで焼いて一度取り出す。
4. 同じフライパンで豚肉を炒め、色が変わったらゴーヤを入れて強火で炒め合わせる。
5. 豆腐を戻し入れ、酒、醤油、塩胡椒で味を調える。
6. 溶き卵を回し入れ、半熟状になったら火を止める。 7. 皿に盛り、たっぷりの鰹節をかけて完成。

【湊のひと言】 「ゴーヤの苦味は、塩と砂糖で揉むことでぐっとマイルドになります。それでも残る苦味こそが夏の味。大人になるって、こういうことかもしれませんね」