YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第126話:アスファルトの体温、亀裂の地図

火曜日。午前十時ですでに気温は三十五度を超えている。
 僕と透子は、帽子を目深に被り、首にタオルを巻いて街へ出た。手には水平器とメジャー、そして記録用のノート。
 華やかな広告代理店出身の彼女が、まるで工事現場の作業員のような格好をしているのが、少しだけおかしい。

「……ここ、傾いてるわ」
 図書室から三百メートルほど離れた古いブロック塀の前で、透子が水平器を当てて呟いた。
 気泡が、中心から大きく右にズレている。
「先月見た時は、こんな風じゃなかったはずよ。基礎のコンクリートに新しいヘアークラック(髪の毛ほどの細いヒビ)が入ってる」

 僕は写真を撮り、地図上の該当箇所に赤いペンで印をつける。
 工事現場(爆心地)から離れた場所でも、地盤は悲鳴を上げている。地下の水が抜かれたことで、スポンジが縮むように地面が沈み込んでいるのだ。

「地味な作業だね」
 汗を拭いながら僕が言うと、透子は真っ赤な顔で頷いた。
「地味よ。でも、このヒビ割れ一つ一つが、あのデベロッパーに対する『弾丸』になる。誰かの告発文じゃなく、動かぬ物理的な証拠。これなら葛西も文句は言えない」

 歩いて、測って、記録する。
 熱されたアスファルトが靴底を通して僕たちの足を焼く。
 それでも、立ち止まるわけにはいかない。この汗の一滴一滴が、潮里さんを守るための盾になるのだから。