日曜日。世間はお盆休みに入り、街の空気はどこか弛緩している。
しかし、僕たちの図書室の周りだけは、相変わらず見えない有刺鉄線が張り巡らされているようだ。
例の黒いセダンは、今日も定位置にいる。
だが、透子の読み通り、中の人間の気配がいつもと違う。いつもの鋭い視線の男ではなく、少し若くて落ち着きのない男がハンドルを握り、頻繁にスマホをいじっているのが見えた。
「……バイトね。あるいは下っ端の交代要員」
透子がブラインドの隙間から覗き見ながら、ニヤリと笑う。
「正規のプロはお盆休み。今の彼なら、私たちの『撹乱』に気づかないかもしれない」
僕たちは「亡霊作戦」を実行することにした。
といっても、やることは単純だ。僕と透子が別々の出口から出て、複雑な路地裏を使って相手を撒き、監視の死角となる場所で落ち合う。それだけだ。
だが、この一ヶ月間、常に背中に視線を感じていた僕たちにとって、それは「自由」を取り戻すための大冒険だった。
僕は裏口から出て、わざと大回りに商店街を歩く。若い監視役は慌てて車を降り、徒歩で尾行してくる。
その隙に、透子がメインの入り口から堂々と出て、反対方向のバスに乗る。
僕は商店街の雑踏に紛れ、馴染みの酒屋の裏口を通り抜けて、監視役を巻いた。
三十分後。
隣町の喫茶店の奥の席で、僕たちは合流した。
「……やったわね」
「ああ。久しぶりに、背中が軽いよ」
ただの喫茶店のアイスコーヒーが、祝杯のシャンパンのように美味しく感じられた。
僕たちはここで、誰にも聞かれずに作戦会議をする。
家でも、図書室でもない場所。
監視社会の隙間に見つけた、わずかなエアポケット。
くだらない「かくれんぼ」だが、僕たちは久しぶりに、腹の底から笑い合った。