月曜日。「山の日」の振替休日。
昨日の脱出劇で味を占めた僕たちは、今日はさらに大胆な行動に出た。
監視の目が届かないエリアにある、工藤教授の自宅を再び訪ねたのだ。
先生は、汗だくの僕たちを見て呆れたように言った。
「……お前さんたち、まだ諦めておらんのか。あの鑑定書を出したせいで、わしのところにも嫌な電話がかかってくるようになったぞ」
「申し訳ありません。でも、先生しか頼れる人がいないんです」
透子は、この一週間で足を使って集めた「被害マップ」──傾いた塀や枯れた井戸の記録──をテーブルに広げた。
工藤先生は、老眼鏡の位置を直し、無言でノートをめくり始めた。
一枚、また一枚。
その表情から、「偏屈な隠居老人」の仮面が剥がれ、「真理を探究する学者」の顔が現れる。
「……見事なもんだ」
先生が低い声で唸った。
「専門的な測定機器もないのに、よくここまで調べた。この水位の変化と、塀のクラック(ひび割れ)の方向……完全に地下水脈の動きと一致しておる」
先生は顔を上げ、僕たちを真っ直ぐに見た。
「これはもう、疑いの余地はない。……だが、これを法廷で認めさせるには、決定的な『因果関係の証明』が必要だ」
「因果関係、ですか」
「ああ。水が抜けたから地盤が下がった、という現象はわかる。だが、相手は『自然現象だ』『たまたまだ』と言い張るだろう。それを覆すには、工事現場の内部データ──つまり、お前さんが持っている『赤い図面』と、現在の『施工記録』を突き合わせるしかない」
施工記録。それは現場の事務所の奥深くにあるはずだ。
僕たちは顔を見合わせた。
難易度が跳ね上がった。それは、見えない山を登るような、途方もない壁に見えた。
帰り道、夕暮れの空に一番星が光っていた。
「ねえ、湊」透子が呟く。「山登りのコツ、知ってる?」
「いいや」
「足元だけを見て歩くことよ。頂上を見上げると、遠すぎて心が折れちゃうから」