YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第133話:難攻不落の城、アリの穴

火曜日。
 お盆休み前の駆け込み需要なのか、あるいは単に涼みに来ているだけなのか、図書室は珍しく満席だった。
 カウンターに座りながら、僕は工藤先生の言葉を反芻していた。
 『施工記録が必要だ』    それは、敵の本丸にある金庫の中身を盗めと言われているに等しい。
 相手はセキュリティ万全の大企業だ。僕たちのような素人が忍び込める隙など、物理的にもネットワーク的にも存在しないだろう。

「……正面突破は自殺行為。ハッキングはスキル不足。内部協力者(潮里さん)は人質状態」
 事務室で、透子が指折り数えながら絶望的な状況を確認している。
「八方塞がりね。文字通りの『詰み』よ」

 彼女はため息をつき、扇風機に向かって「あー」と声を震わせた。元エリート社員の威厳は、この猛暑で完全に溶けてしまったらしい。
「ねえ、湊くん。巨大な城壁を崩すにはどうすればいいと思う?」
「大砲で撃つ?」
「ブッブー。正解は『内側から腐らせる』か『ネズミを一匹放つ』よ」

 透子は起き上がり、鋭い目で窓の外の工事現場を見つめた。
「現場の作業員たちは、一枚岩じゃないはずよ。上からの無理な工期短縮、危険な作業、隠蔽体質……不満という名のガスは充満しているはず。私たちがすべきは、そのガスに引火する『マッチ』を探すことかもね」

 その時、返却ポストに本が投函される音がした。
 ゴトクリ。
 いつもより重たい音。
 回収に行くと、そこには一冊の技術専門書があった。貸出履歴はない。
 パラパラとめくると、ページの間に、コンビニのレシートの裏に書かれた走り書きが挟まっていた。

 『お盆の間、ポンプが止まる時間がある。14日の深夜2時』

 震える手で、そのレシートを見つめた。
 誰だ? 誰がこれを?
 城壁に、小さな小さな、しかし確実な「アリの穴」が開いた瞬間だった。