八月十五日、土曜日。深夜二時。
草木も眠る丑三つ時と言うが、僕たちの目はギラギラと冴えていた。
図書室の二階、普段は倉庫として使っている部屋の窓から、暗視機能付きのカメラを工事現場に向けている。
「……あと一分」
透子の声が闇に溶ける。
現場は死んだように静かだ。盆休みで照明も最低限しか点いていない。
ブオォォォン……。
唯一響いていた排水ポンプの重低音だけが、夜の静寂を支配していた。
二時ちょうど。
ふつっ、と唐突にその音が途切れた。
まるで巨人の心臓が止まったかのような、恐ろしいほどの静寂が訪れる。
「止まった……!」
レシートの予言は本当だった。
だが、異変はその直後に起きた。
ゴボッ。ゴボゴボッ。
機械音の代わりに聞こえてきたのは、もっと生々しい、巨大な生き物が喉を鳴らすような音だった。
ズズズ、と地面が低い音を立てる。
カメラのモニター越しに、フェンスの内側で何かが黒く盛り上がるのが見えた。
「水だわ。……逆流してる」
透子が息を呑む。
無理やり吸い上げられていた地下水が、圧力を失った瞬間に、あるべき場所へ戻ろうとして噴き出しているのだ。
それだけではない。現場の足場が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。液状化だ。
風に乗って、強烈な匂いが漂ってきた。
ドブのような、腐った卵のような、あるいは古い記憶のような匂い。
それは、コンクリートの下に百年封じ込められていた、この土地の「吐息」だった。
「撮ってる? 湊くん、これこそが『施工記録』よ」
僕は震える手でRECボタンを押し続けた。
大地は怒っているわけではない。ただ、呼吸をしているだけだ。
人間が勝手に塞いだ口をこじ開けて、深呼吸をしている。その圧倒的な自然の力を見せつけられ、僕は恐怖と同時に、奇妙な畏敬の念を抱いていた。