YMO世代の気持ち -ノベル館-

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第137話:丑三つ時の深呼吸、泥の匂い

八月十五日、土曜日。深夜二時。
 草木も眠る丑三つ時と言うが、僕たちの目はギラギラと冴えていた。
 図書室の二階、普段は倉庫として使っている部屋の窓から、暗視機能付きのカメラを工事現場に向けている。

「……あと一分」
 透子の声が闇に溶ける。
 現場は死んだように静かだ。盆休みで照明も最低限しか点いていない。
 ブオォォォン……。
 唯一響いていた排水ポンプの重低音だけが、夜の静寂を支配していた。

 二時ちょうど。
 ふつっ、と唐突にその音が途切れた。
 まるで巨人の心臓が止まったかのような、恐ろしいほどの静寂が訪れる。

「止まった……!」
 レシートの予言は本当だった。
 だが、異変はその直後に起きた。

 ゴボッ。ゴボゴボッ。
 機械音の代わりに聞こえてきたのは、もっと生々しい、巨大な生き物が喉を鳴らすような音だった。
 ズズズ、と地面が低い音を立てる。
 カメラのモニター越しに、フェンスの内側で何かが黒く盛り上がるのが見えた。

「水だわ。……逆流してる」
 透子が息を呑む。
 無理やり吸い上げられていた地下水が、圧力を失った瞬間に、あるべき場所へ戻ろうとして噴き出しているのだ。
 それだけではない。現場の足場が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。液状化だ。

 風に乗って、強烈な匂いが漂ってきた。
 ドブのような、腐った卵のような、あるいは古い記憶のような匂い。
 それは、コンクリートの下に百年封じ込められていた、この土地の「吐息」だった。

「撮ってる? 湊くん、これこそが『施工記録』よ」
 僕は震える手でRECボタンを押し続けた。
 大地は怒っているわけではない。ただ、呼吸をしているだけだ。
 人間が勝手に塞いだ口をこじ開けて、深呼吸をしている。その圧倒的な自然の力を見せつけられ、僕は恐怖と同時に、奇妙な畏敬の念を抱いていた。