木曜日。決戦前日。
明日の夜の会談に向けて、図書室はピリピリとした空気に包まれていた……と言いたいところだが、透子はなぜか事務室でアイロン台を出していた。
「湊くん、シャツ脱いで。シワシワよ」
「え、今?」
「当たり前でしょ。交渉事は見た目が九割。ヨレヨレのTシャツじゃ、相手に『御しやすい』と思われるわ」
彼女は僕の普段着のオックスフォードシャツをひったくると、手際よくスチームを当て始めた。
シューッ、シューッ。
白い蒸気が上がるたび、シャツがパリッと背筋を伸ばしていく。
「葛西は一流のスーツで武装してくる。貴方はブランド物を着る必要はないけど、『襟を正す』必要はあるの。それが、この場所を守る責任者のプライドだから」
透子の横顔は真剣そのものだ。
かつて広告代理店で数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼女にとって、服はただの布ではなく、精神を守る鎧なのだ。
「……はい、出来上がり」
渡されたシャツは、新品のように白く、温かかった。
「ありがとう。なんか、強くなれそうな気がするよ」
「気だけじゃ困るけどね」
彼女はふふっと笑った。
明日の夜、このシャツを着て、僕は葛西と対峙する。
机の下には、録音機材。
頭の中には、透子と練り上げた交渉のシナリオ。
そして胸には、潮里さんの想いと、あの泥の匂いの記憶。
準備は整った。