水曜日。
展示会の準備を進めていると、一本の電話が入った。
発信者は、葛西(かさい)だ。
『……湊さん。何やら騒がしいようですね。写真を大量に集めているとか』
相変わらず耳が早い。僕たちの行動は筒抜けだ。
僕は深呼吸をして、透子と練習した通りの台詞を返した。
「ええ。秋の読書週間に向けて、郷土史の展示会を企画しているんです。図書室としては一般的な文化活動ですが……何か問題でも?」
電話の向こうで、葛西が沈黙する気配がした。
「工事反対」の看板を掲げれば協定違反だが、「昔を懐かしむ」活動を止める権利は彼らにはない。それを強引に止めれば、デベロッパー側が「文化弾圧」をする悪者になってしまう。
『……ふん。郷土愛、結構なことです。ただし、展示内容に我々の事業を誹謗中傷するような文言があれば、即座に協定は破棄しますよ』
「もちろんです。事実は事実として展示するだけですから」
電話を切った後、どっと汗が吹き出した。
「……グレーゾーン、通過できたみたいだね」
「向こうもやりづらいはずよ」
透子がニヤリと笑う。
「『懐かしい』という感情は、誰にも否定できない最強の聖域だからね」
信号は青。
僕たちは、敵が引いた「超えてはいけない線」のギリギリ上を、綱渡りのように歩いている。