YMO世代の気持ち -ノベル館-

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天声人誤 第37回 二十六分

天声人誤 ——ある誤読者の手記

 細野晴臣の新しいアルバムを買った。

 『Yours Sincerely』という。九月十一日に出た。通算二十三枚目で、前のオリジナル作から七年半ぶりだそうである。

 新譜を買ったのは、何年ぶりか思い出せない。棚に並んでいるのは十代のころに買った盤ばかりで、そこから増えていない。今回は新聞の広告で知って、駅前で買った。

 再生して、最初に思ったのは、音のことではなかった。

 短い。

 全十曲で、二十六分と表示に出ていた。

 十で割ると、一曲あたり二分半ほどである。飽留野から立川まで電車で三十分だから、着く前に終わる。

 ここで俺は、自分でも感心するほど素早く、間違えた。

 先日、短い動画に慣れて長いものが我慢できない世代の話を書いたばかりである。

 だから、こう読んだ。

 この人は、いまの尺に合わせてきたのだ。

 二分半なら、最後まで聴いてもらえる。七十九歳が、そこまで見ている。すごい人だ——と、俺は再生ボタンを押したまま、勝手に感動していた。

 聴き終えて、違うと分かった。

 短いのに、まったく急いでいなかった。

 速く展開するわけでも、詰め込むわけでもない。むしろゆっくりしている。リストの「愛の夢」を口ずさむ曲があり、ベートーヴェンの七番が入ってくる曲がある。心地のいいポップスが、心地のいいまま、二分半で終わる。

 急がずに短い、ということが起こりうるのを、俺は知らなかった。

 短さと速さを、同じものだと思っていた。

 評判のほうも見にいった。

 レーベルの説明には、母性や慈悲といったものをテーマに、孤独や混乱の時代の先にある調和を描いた、とある。コロナ後の混乱と、AIが制作を大きく変えたことを背景に、「思いやり」を問う作品なのだという。タイトルは、日本語の「思いやり」を英語でどう言うか、というところから来ているらしい。

 批評のほうには「静かな手紙のように届く音楽」と書かれていた。盤には葉書と鉛筆が付いている。手紙の体で作られている。

 ひととおり読んで、気がついた。

 誰も、尺の話をしていない。

 二十六分を数えて、世代の話に結びつけたのは、俺だけである。

 ついでに知ったが、この盤はCDとLPとカセットで、全部で六つの形で出ている。豪華な箱に入ったものもある。

 二十六分を、六通りで出している。

 短くしたぶん手軽に、たくさんの人へ——という筋書きを、俺は勝手に用意していた。箱入りで葉書と鉛筆が付いてくるものは、その筋書きに入らない。

 なぜ俺がそう読んだかは、はっきりしている。

 先週、その話を書いたからだ。

 俺がいまのアーティストの名前を知るのは、たいてい深夜アニメの主題歌である。名前を覚えて、ああこんな音楽か、と大きく分けるところまではやる。そこから先へは行かない。分けたところで、満足してしまう。

 人は、直前に自分が書いたもので、次に来たものを読む。四文字の新語を妖怪だと思ったのも、同じ月に怪談を四回書いた後だった。俺の物差しは、いつも一つ前の原稿でできている。

 この人には、有名な言葉がある。

 頭クラクラ、みぞおちワクワク、下半身モヤモヤ。

 YMOの頃のコンセプトを表した言い方として知られている。クラクラさせるのが着想、ワクワクが和音や旋律、モヤモヤがリズムだという。三つとも、聴いた人の体のどこかが勝手に動く話である。

 今度のアルバムは、そのどれでもなかった。

 クラクラしない。ワクワクもしない。モヤモヤは、こちらの問題なので置いておく。

 揺さぶってこない代わりに、こちらへ静かに渡してくる。手紙だからだろう。宛名のある音は、暴れない。

 もう一つ、読んで手が止まった記事がある。

 九月三日、恵比寿でアメリカ公演の前のライブをやっている。その前日まで、手術で入院していたそうである。退院してすぐビザの面接に行き、その晩に舞台に立った。本人は「公開リハーサル」と言ったという。

 このあと、ニューヨークとロサンゼルスで公演がある。七月で七十九歳になっている。

 俺は、二十六分を「世の中に合わせた結果」だと読んだ。

 合わせる必要のある人ではなかった。

 編集長に聞かれた。

 「で、どうだったの、そのアルバム」

 「……よかったです」

 「それだけ?」

 「それだけです」

 二十六分ぶん聴いた感想が、四文字である。書けないことは書かないと決めているので、これ以上は出てこない。

 「尺が短いんちゃうんですわ。こっちの語彙が短いんですわ」

参照した記事

※この文章はフィクションです。語り手の中村悟は実在しません。 ただし、アルバムの発売日・曲数・収録時間・テーマ、およびライブと出演の経緯について記した事実は、 上に挙げた資料によります。収録時間は配信サービスの表示によります。

この連載について

『天声人誤 ——ある誤読者の手記』は、東京都飽留野市(架空)に住むタウン誌記者・中村悟が 書いている、という体裁の不定期連載です。

世の中の出来事、街の日常、走った先で見たもの——何でも扱いますが、語り手はそのすべてを 少しずつ読み違えます。実在の出来事に触れた回では、参照した記事へのリンクを末尾に置いています。

更新は不定期。ネタが溜まったときに書きます。

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