YMO世代の気持ち -ノベル館-

YMO世代の気持ちのサブブログです。

第6話「下手の横好き」

1. 五月の風

五月。

ゴールデンウィークが終わった。

学校に活気が戻ってきた。
生徒たちが日焼けしてる。
旅行に行った子、部活に明け暮れた子、色々。

「瀬良先生、おはようございます!」
「おはよう」

廊下を歩くと、あちこちから声がかかる。 一ヶ月前は、こんなに気軽に声をかけてもらえると思わなかった。 少しずつ、馴染んできたのかな。

職員室に入ると、山田先生がいた。

「瀬良先生、連休どうだった?」
「実家に帰ってました。あとは、授業準備を...」
「真面目だねえ」
「いえ、そんな...」

山田先生が笑った。

「今週から修学旅行の準備が始まるよ。瀬良先生も引率だから」
「え、私もですか」
「英語科から一人出すことになってて。新人研修も兼ねてね」
「そうなんですか...」

修学旅行。
中学の修学旅行は、経験したことがない。
シアトルにいたから。

ちょっと、楽しみかも。

2. 二年生の授業

二時間目、二年三組の授業。

三年生だけじゃなく、一年生も二年生も教えてる。
英語科の教科担当だから。

「今日は、比較級の復習をします」

教室に入ると、生徒たちが元気に挨拶してくれた。
二年生は、三年生よりちょっと幼い感じ。
でも、それがかわいい。

「比較級は、形容詞や副詞の後ろに-erを付けます」

黒板に書きながら説明する。
最近、授業にも慣れてきた。
早口にならないように、気をつけながら。

「例えば、tallはtallerに、fastはfasterになります」

生徒たちがノートを取ってる。
うん、伝わってる。

ふと、窓際の席を見た。
一人の男子生徒が、こっちをじっと見てる。

目が合った。
その子が、慌てて目をそらした。

...なんだろう。

3. 田村くん

授業が終わって、廊下を歩いていた。

「あ、あの!」

声がした。
振り返ると、さっきの男子生徒が立っていた。

「えっと...」
「た、田村です!二年三組の!」
「田村くん。どうしたの?」

田村くんが、顔を真っ赤にしてる。
何か言いたそうだけど、言葉が出てこないみたい。

「せ、先生!」
「うん」
「が、頑張ってください!」

それだけ言って、田村くんは走り去っていった。

「...?」

何だったんだろう。
頑張ってください?
何を?

首をかしげながら、職員室に戻った。

4. 噂話

職員室で、山田先生が笑ってた。

「瀬良先生、モテてるねえ」
「え?」
「田村くんでしょ。さっき廊下で話してたの、見たよ」
「あ、はい。『頑張ってください』って言われて...」
「あー、それは」

山田先生がニヤニヤしてる。

「瀬良先生に気があるんだよ、あの子」
「え!?」
「若い女の先生に憧れる男子、いるからね」
「そ、そんな...」

恥ずかしい。
私、先生なのに。

「まあ、中学生の恋心だから。可愛いもんだよ」
「でも...」
「適当にあしらっとけばいいよ。傷つけないようにね」

山田先生がウインクした。

どうしよう。
そういうの、経験ないんだけど。

5. 三年二組にて

昼休み、三年二組に顔を出した。

「あ、サラ先生!」
「こんにちは」

生徒たちが集まってきた。
蓮くんもいる。

「先生、修学旅行の引率なんですって?」
「そうみたい。よろしくね」
「やった!サラ先生と一緒だ!」

生徒たちが喜んでる。
嬉しいな。

「先生、京都行ったことあります?」
「高校の修学旅行で一度だけ」
「え、中学は?」
「中学の時は、シアトルにいたから」
「あー、そっか」

蓮くんが言った。

「先生、日本の中学の修学旅行、初めてなんですね」
「うん。だから楽しみ」
「俺たちが案内しますよ」
「ありがとう」

蓮くんが笑った。

南雲くんは、窓際で寝てる。
今日も、授業に出てこなかった。
でも、教室にはいるんだ。

「南雲くんも、修学旅行は行くの?」
「行くと思いますよ。あいつ、意外と寺とか好きなんで」
「へえ」
「暗号の歴史とか調べてるうちに、詳しくなったらしいです」

不思議な子だな。

6. 廊下での遭遇

放課後、廊下を歩いていたら、また田村くんに会った。

「あ...」
「田村くん」

田村くんが固まってる。
顔が真っ赤。

「せ、先生!今日の授業、分かりやすかったです!」
「ありがとう」
「先生の英語、カッコいいです!」
「そ、そう?」
「は、はい!」

田村くんが、また走り去っていった。

「...」

後ろで、誰かが笑ってる。
振り返ると、田村くんの友達らしき男子たちがいた。

「田村、またダメじゃん」
「告白しろよ」
「無理だって、先生だし」

あー、やっぱりそういうことか。

どうしよう。
傷つけないようにしないと。

7. 岩崎先生の言葉

職員室に戻ると、岩崎先生がいた。

「瀬良先生」
「は、はい」
「田村という生徒のことか」

え、知ってるの?

「山田先生から聞いた」
「あ、はい...」
「どうするつもりだ」

岩崎先生が、じっと私を見た。

「えっと、傷つけないように...」
「甘い」
「え」
「生徒の好意を、どう受け止めるかは教師の責任だ」
「...」
「中途半端な態度は、かえって傷つける」

岩崎先生が言った。

「『下手の横好き』という言葉がある」
「はい」
「下手でも好きでやる、という意味だ。田村の気持ちは、そういうものだろう」
「...」
「だが、お前は教師だ。生徒の好意に応えることはできない」
「分かってます」
「なら、はっきりさせろ。曖昧にするな」

岩崎先生は、そう言って去っていった。

はっきりさせる。
でも、どうやって?

8. 田村くんと向き合う

次の日、田村くんを呼び出した。

放課後、空き教室で。

「せ、先生...」
「田村くん、ちょっと話があって」

田村くんが緊張してる。
私も緊張してる。

「田村くん、私のこと...好きなの?」

直球で聞いた。
田村くんの顔が、さらに赤くなった。

「は、はい...」
「そっか」
「す、すみません...」
「謝らなくていいよ」

深呼吸。

「でもね、私は先生で、田村くんは生徒だから」
「...」
「その気持ちには、応えられない」
「...分かってます」

田村くんが俯いた。

「でも」

私は続けた。

「田村くんが私を好きになってくれたこと、嬉しいよ」
「え」
「ありがとう。その気持ちは、大事にしてね」
「...」
「いつか、田村くんにぴったりの人が現れるから」

田村くんが顔を上げた。
目が潤んでる。

「先生...」
「これからも、普通に話しかけてね。授業も、頑張ってね」
「...はい」

田村くんが、少し笑った。

「先生、カッコいいです」
「え」
「ちゃんと向き合ってくれて。ありがとうございます」

田村くんが頭を下げて、教室を出ていった。

9. 帰り道

帰り道、商店街を歩いてた。

「あら、先生」

声がして振り返ると、八百屋「やおふく」のおばちゃんがいた。 この前、山田先生に紹介してもらった人だ。

「こんにちは」
「今日は元気ないね。どうしたの」
「いえ、ちょっと...」

おばちゃんが、野菜を袋に詰めながら言った。

「先生も大変だねえ。若いのに」
「そうですかね...」
「でも、頑張ってるのは分かるよ。顔見れば」
「...ありがとうございます」

おばちゃんがニンジンをおまけしてくれた。

「これ、持っていきな。栄養つけなさい」
「いいんですか」
「若い先生には、頑張ってもらわないとね」

おばちゃんが笑った。

温かいな。
この街の人たち。

10. エミリーへの報告

夜、エミリーにメッセージを送った。

『A student confessed he likes me today.』

返事がすぐ来た。

『What!? A student?』

『Yeah. A second-year boy. I had to reject him properly.』

『That must have been hard.』

『It was. But I think I did the right thing.』

『You did. Being honest is important.』

『Thanks, Emily.』

『How do you feel now?』

考える。
どう感じてるんだろう。

『A little sad. But also relieved.』

『That's normal. You handled it well.』

エミリーの言葉に、少し救われた。

下手の横好き。

田村くんの気持ちは、不器用だったかもしれない。
でも、本気だった。
その気持ちを、ちゃんと受け止められたかな。

分からない。
でも、逃げなかった。
それだけは、良かったと思う。

11. 翌日

次の日、学校で田村くんとすれ違った。

「おはようございます、先生!」

田村くんが、元気に挨拶してくれた。
顔は、まだ少し赤い。
でも、笑ってる。

「おはよう、田村くん」
「今日も授業、頑張ります!」
「うん。頑張ってね」

田村くんが走っていった。

後ろで、友達が言ってる。

「田村、フラれたんだって?」
「うるさいな」
「でも、元気じゃん」
「先生、ちゃんと話してくれたから。俺、頑張る」

少し、胸が温かくなった。

傷つけちゃったかもしれない。
でも、立ち直ってくれてる。
それが、嬉しい。

教師って、難しいな。
でも、やりがいもある。

五月の風が、心地よかった。


次回「同じ釜の飯を食う」は2026年5月6日(水)公開予定です。